keimei

 

・2018年.12月〜 NCT127 「Japan tour」  振付、舞台アシスタント

・2018年.10〜11月 TAEMIN 「Japan 1st TOUR LIVE 〜SIRIUS〜」 ダンサー出演

・2016年 SHINee WORLD V ツアーからSHINeeのダンサーとして活躍。

郷ひろみ・Kinki Kids・SHINee・Teamin・堂本光一・山下智久・板野友美・CHIMBA・w-inds・Lead・DISH・BTS のLIVEやPVなどにダンサー出演

 

3歳の頃からダンスを始め、高校卒業と同時にNew Yorkに1年間ダンス留学

帰国後、東京・長野を拠点にレッスンを受けながらプロのダンサーとして活躍、

幼少の頃から学び、お世話になっている

ダンススタジオ『STUDIO BEACH HOUSE』のインストラクターとして

プロ科コースの育成をし、振付、舞台の演出など多彩な才能を発揮。

 

 

▲keimei Instagram

 

keimeiさんとインタビューのために連絡を取ったのが

8月の終わり。

ハードなスケジュールの中、調整をしていただいて

やっと、この10月にお会いすることができました。

 

会いたい人がいるのなら

ドバイでもタイでもいつでもどこへでも行くのがヲタです(笑)

 

 

私…

ちょっと緊張などしていて…

どんなステキな感じで登場するのかな〜と。

 

ドアが開いてお客さんが入ってくるたびに

ヨジャ心(*^^*) 満載で(笑)

ドキドキしていました。

 

そして

サラッと登場したkeimeiさんは

ホントにステキな方でした。

 

インタビュー開始

 

こんにちわ。やっとお会いできて〜(*^^*)光栄です。と

ご挨拶させていただきながら

 

・紫色をベースにアレンジされた花束と

・気に入らなければパジャマにしてください!のTシャツと

・keimeiカード(オリジナルです〜)をプレゼントしました★

花束を見て一言

「紫、テミンカラーですね」

 

※花束 写真を撮るのを忘れていました

とても素敵な花束だったので残念。。。(T_T)

 

 

 

▼ではインタビュー開始です。

 

 

●いつからSHINeeのダンサーをされていますか?

 

2年前のSHINee WORLD V からです。

演出が梨乃さん(仲宗根梨乃)に変わって、

ダンサーのオーディションがありました。

今の6人はオーディションで選ばれた6人です。

 

●選ばれた6人の中で知っている人はいましたか?

 

ちょっと知っている人が一人いて、他のダンサーさんは初対面でした。

SHINeeのダンサーのチームワークはとても良いです。結束はカタイですね。

34歳〜20歳の6人

 

 

※東方神起『WHY』 『MAXIMUM』の振付も仲宗根梨乃

●演出をされる仲宗根梨乃さんはどんな方ですか?

 

本当にステキな方です。

とてもストイックで、最高のものを創り上げるために

時間をかけ情熱を注ぐ方です。

 

●どの位のペースで曲を覚えますか?

 

一日1曲から2曲、基本を覚えてその後セットなど考え

アレンジしていくのに時間をかけ仕上げていきます。

 

●東方神起のダンサーの50さんもSHINeeの振付をしてますよね❤

※時々トン活ブログです(笑)

 

 

●keimeiさんの経歴はすごいですね。
どんな流れで錚々たる面々のアーティストとお仕事されたのですか?

 

最初の仕事は山下智久さん。

東京でレッスンを受けていた先生が山下智久さんの仕事を持っていたので

その関係でライブに出させて頂いて

その後、w-inds. その時一緒にお仕事させていただいたダンサーさんからの紹介などで

仕事が回ってくる、枝分かれ的に繋がりが増えてそこから仕事の話が来るという感じです。

基本的にダンサーはフリーの方が多いです。

ぼくの場合は『STUDIO BEACH HOUSE』のインストラクターという

母体があるのでとてもありがたいです。

 

だから人の繋がりはとても大事にしています。

仕事のレベルに応じた、知り合いが増えていくので

人の繋がり、縁をとても大切にしている。

『STUDIO BEACH HOUSE』で教えられてきました。

 

●どうしてダンサーになったのですか?

 

※『STUDIO BEACH HOUSE』はkeimeiさんのお母さまが創立されたダンススタジオです。

物心ついたときにはそこに環境がありました。

 

最初は連れて行かれてなんとなくやっていました。

マイケル・ジャクソンにあこがれて始めたわけではないです。

中学校の時、野球部に入りその時はダンスをやめていましたが、

中3の時、何気なく音楽を聞いていてダンスを又やりたくなり

丁度その時『STUDIO BEACH HOUSE』

で『P3』というのダンサーのプロ科コースが創設され

そのタイミングから本格的に始めました。

 

高校の時、高校を卒業をしたらNYに行こうと決めていて

卒業後、NYにダンス留学で行きました。

アメリカのダンススクールが1年間のビザを出しています。

 

●NYの1年間はダンサーとしての自分にとってどうでしたか?

 

ダンスは多分日本でも上手になれると思うのですが

フィーリングとか

NYでの生活をするというのがいい刺激になったのかなと

始めてのひとり暮らしはとても刺激的でした。

英語は最初は全くわからなかったですが

半年くらいで、生活するには不自由はなくなりました。

ダンスのレッスンにおいては

細かいニュアンスはわからない部分もありましたが

踊ることに関してはほとんど問題はなかったです。

 

その時半年間、一緒にルームシェアしていた安達雄基(タップダンサー)さんとは

10年来の友人で付き合いがあります。

 

●日本に戻ってきてからはどんな感じですか

 

日本に帰ってきて、東京でレッスンを受けたり、

長野でレッスンをしたりの毎日です。

 

ダンサーの仕事、そして

僕の場合は長野にBeach Houseのインストラクターの仕事があります。

P3でレッスンを受ける子ども達の目標になれればと

そのために東京でダンサーをしているところもありますね。

 

●子どもたちにとって眼の前に目標となる人がいてその人にダンスを教えてもらえるということは本当に幸せなことですね。

 

そうですね。

ダンスをする自分にとっての意味というのはソコですね。

だから頑張れます。

自分には還元出来る場所があるからそのために何かを得ようと思ってオーディションも受けるし、

ツアーもやるしそれを見に来てもらったり感じてもらえらばいいと思います。

 

振付の仕事などをするとしたら

スクールの子ども達をダンサーとして使うことも出来るし、

そのために、レベルを上げていったり

仕事を紹介する側にもなっていきたいと思います。

 

●オーディションでの仕事と、紹介でいただいた仕事は環境的に違いますか?

 

もちろん仕事としてどちらもしっかりやります。

アメリカはダンサーをパフォーマーとして見て尊重してくれる環境があります。

梨乃さんは、ダンサーに対してストイックなんです。

その分コチラに求めるモノも多いし、応えなければならなくて

常にオーディションされている感じで緊張感があります。

 

●ダンサーとアーティストの感覚について

 

ダンサーとアーティストは感覚はまったく違いますね。

ダンサーはあくまでもアーティストを引き立たたせる役、

そこは個人個人が勘違いしてはいけないトコロでもあり

だけど自分も出していかなければいけない、微妙なラインです。

SHINeeのステージなのでダンサーとしての境界線を引いてわきまえています。

 

●SHINeeの個人個人のダンスの癖などありますか?

 

個性はそれぞれありますが

みんな本当にすごい一生懸命です。

ダンスのレベルも高いし

とても情熱的で、カメラを抜かれる時の自分の魅せ方を知っている。

SHINeeの凄さを感じます。

 

 

 

★インタビューは「02]に続きます。

 

 


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